1. HOME
  2. 医療Dxに関する提言

医療DX推進における構造的課題と俯瞰的制度設計の必要性に関する提言
日本臨床泌尿器科医会 2025

1. 問題の所在

現在の医療DX推進には、重大な構造的欠陥が存在します。一方で診療報酬点数表という制度基盤は1960年代の紙文化を引きずったまま非構造化データとして放置され、他方で個別のデジタル技術が全体設計なく現場に導入され続けています。この二つの問題は独立した課題ではなく、制度設計と技術導入の分断という共通の根を持つものです。本提言では、この構造的問題を明らかにし、俯瞰的な制度改革の方向性を示します。

2. 制度基盤の機能不全

2.1 診療報酬点数表の構造的問題

診療報酬点数表は、XMLタグやメタ情報を持たない非構造化データであり、以下の課題を抱えています。

  • コード体系の曖昧性(枝番の親子関係が非明示)
  • 算定条件の暗黙知化(通知・疑義解釈の散在)
  • 改定差分の追跡困難性(人力比較への依存)
  • 国際標準(HL7 FHIR、SNOMED CT)との非互換性

この結果、全国で年間推計3,000億円超の人件費が「点数表解読」業務に費やされており、機械処理が前提となるべきデジタル時代において、制度そのものが医療DX推進の阻害要因となっています。

2.2 技術導入への波及効果

非構造化された点数表の上に構築される各種DXツール(AIレセプト点検、DPCコーディング支援等)は、必然的に以下の限界を抱えます。

  • 人間による最終確認の恒常的必要性
  • 診療報酬改定ごとのベンダー依存型再学習コスト
  • 算定ロジックの属人化と継承困難性

つまり、制度基盤が機械可読でない限り、いかに優れたAI技術を投入しても抜本的な効率化は実現不可能という構造的制約が存在します。

3. 医療機関の経営的制約

3.1 投資余力の欠如

日本の病院経営の実態は、医療DXへの積極投資を困難にしています。

  • 平均利益率:2〜3%(600床規模病院の半数以上が赤字、)
  • 新規IT投資の原資:極めて限定的
  • 診療報酬構造:業務効率化そのものへの報酬なし

例えばAIスクライブ導入(医師20人規模)で年間1千万円を超える費用が発生しますが、投資回収の見通しが立たず、財務効果を公表する成功事例もほぼ皆無です。

3.2 部分最適の罠

現状の医療DX製品の多くは、特定部門・特定業務のみを対象とした「部分最適」型設計となっており、病院全体の業務フローとの整合性を欠いています。この結果、例として以下のような逆説的状況が頻発します。

  • 医師の記録時間短縮→看護記録との非連携による二重入力発生
  • 検査予約システム刷新→外来受付との情報断絶による患者待ち時間増加
  • レセプト点検AI導入→確認作業増加による事務負担の逆増

部分最適の積み重ねが全体最適を阻害するという、典型的なシステム失敗のパターンが再現されています。

4. 構造的問題の本質:制度と技術の分断

上記の問題群が示すのは、以下の三層における断絶です。

  1. 制度層:非構造化された診療報酬体系
  2. 技術層:個別最適化された各種DXツール
  3. 運用層:全体設計なき導入を迫られる医療現場

これらが統合的に設計されていないため、いずれの層における努力も効果を発揮できず、むしろ相互に足を引っ張り合う構造となっています。マイナンバーカード資格確認義務化による地方小規模診療所の閉院事例は、制度対応が医療提供体制の崩壊を招きうることの象徴的事例です。

5. 提言:俯瞰的制度設計の実現に向けて

5.1 制度基盤の再構築

提言1:診療報酬点数表の構造化・機械可読化

  • FHIR準拠のXML/JSON形式による公開
  • 算定ロジックのルールエンジン化
  • Gitリポジトリによる改定差分管理
  • Creative Commonsライセンスでのオープンデータ化

提言2:国際標準への対応

  • SNOMED CT、ICD-11とのクロスマップ整備
  • 医療情報の国際的相互運用性確保

5.2 全体最適型の技術導入プロセス確立

提言3:病院業務全体を俯瞰した標準インターフェース設計

  • 電子カルテ・レセコン・AI支援ツール間の標準化API整備
  • 部門間データ連携の必須要件化

提言4:投資対効果の可視化と成功事例の体系的蓄積

  • 財務データを含む導入効果の公開義務化
  • ベストプラクティスの共有基盤構築

5.3 段階的実装ロードマップ

利益率2〜3%の病院経営では試行錯誤の余裕がありません。以下の段階的アプローチを提案します。

  • 2026年:診療報酬点数表の構造化試行版公開(すでに時間的に無理があると思われますが)
  • 2028年:FHIR完全対応版への移行
  • 2030年:標準化された技術基盤上での本格的DX展開

6. 結語

医療DXは「あれば便利」な付加機能ではなく、制度基盤から再設計すべき医療システム全体の構造改革です。個別技術の導入を急ぐのではなく、まず制度・技術・経営を俯瞰した全体設計を確立することが不可欠です。この順序を誤れば、いかに優れた技術も現場にとって「新たな負担の導入」に終わり、医療DXは永続的に失敗し続けることになります。

政府・医療界・技術ベンダーの三者が、この構造的問題を共有し、俯瞰的視点に立った制度改革に取り組むことを強く求めます。

お問い合わせ

資料請求・お問い合わせは、こちらから

日本臨床泌尿器科医会 事務局

誠仁会みはま病院 内 宛て

- FAXでのお問い合わせはこちら -

043-332-9773

- メールでのお問い合わせはこちら -

ikaioffice@uro-ikai.jp