医師会への提言 2025年10月
現在、政府主導で病床数の削減が進められる一方、その補完として在宅医療の推進やACP(アドバンス・ケア・プランニング)の普及が進められています。人生の最期を自宅で迎えるという考え方を国民に広げていくことは、生活様式にある程度の変化を求めるものですが、その方向性自体は望ましいものだと思います。ただし、制度や現場の実際の運用にあたっては、いくつも課題が残されています。
まず、在宅医療に関わる資金の提供が進むこと自体は前向きな動きです。診療報酬や補助金といった仕組みによって制度が拡大する可能性があります。しかし、訪問診療や往診は移動や準備に多くの時間を取られるため、医師1人が1日に診ることができるのはせいぜい10数名が限界とされています。そのため、資金が増えても十分なケアにつながらず、形式的な対応にとどまってしまうリスクがあります。その結果、患者さんやご家族が「適当にお金を取られた」と感じてしまうような状況が生まれる可能性も否定できません。実際、不正な請求があったことが報道されています。
さらに、独居高齢者の増加は大きな課題です。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2040年には65歳以上の単独世帯が約896万世帯に達し、高齢世帯の約4割を占めると見込まれています。2050年にはその割合がさらに増え、65歳以上世帯の約45%になるとされています。その中でも85歳以上の独居者が急増することは特に深刻です。2020年の時点で、男性の22.4%、女性の32.2%が独居で暮らしており、今後さらに増加すると考えられています。これらのかたがたの多くは、金銭面において余裕があるとは言えないと思われます。
85歳を超えると認知症の有病率は急激に上がります。調査によれば、85〜89歳で男性35%、女性43.9%にのぼり、95歳以上では女性の8割以上が認知症を抱えていると報告されています。こうした現実を踏まえると、在宅医療だけで十分に対応することは難しく、意思決定支援や生活支援を含めた幅広いケアが求められますが、現状の体制では十分とは言えません。
また、高齢者施設に入所しても安心できるとは限りません。体調が悪化したり、医療的ケアが必要になったりすると、施設側が対応できずに退所を求められるケースがあります。さらに急変時には救急外来に直接搬送されることが増え、結果として地域の基幹病院や救急医療体制が大きな負担を抱えることが予想されます。すでに一部地域では救急搬送の受け入れが難しくなっている現状が報告されています。
こうした状況を考えると、基幹病院や救急外来が高齢者対応で疲弊し、崩れてしまうことを防ぐためには、高齢者に対する法的・金銭的な補助を行うだけでなく、医療機関に対する法的・財政的な支えが必要です。
超高齢社会を迎える日本において、ACPや在宅医療の普及は理想的な方向ですが、それだけでは十分ではありません。その理想を支えるのは資金の投入にとどまらず、独居高齢者や認知症高齢者を社会全体で守り、医療現場が過度に疲弊しないようにする制度と法的な仕組みと考えています。